1.ほおづえついて
夫がロボットを買ってきた。
2年ほど前から勢力をつけてきたクリケット社の最新ロボット。メタリックな深い藍色。アイサイトカラーはライムグリーン。ステルス・ジェット機の様なフォルム。背丈は67インチ。
アンドロイドなら買ってもいいと言ったのに、夫はロボットなんか買ってきた。
「ロボットなんて、お喋りするだけしか能が無いのに」
家事はできないし、子守はできない。動力はオイルだからお金もかかる。全く。男ってヤツはどうしても誰も彼もロボットがお好きなのかしら。
ロボットの名前はレイルという名前になった。理由は分からないが、夫の強い要望でそうなった。確か昔有名だったロボットアニメの主人公ロボットの名前、だった気がする。
◆
2年ほど前から勢力をつけてきたクリケット社の最新ロボット。メタリックな深い藍色。アイサイトカラーはライムグリーン。ステルス・ジェット機の様なフォルム。背丈は67インチ。
アンドロイドなら買ってもいいと言ったのに、夫はロボットなんか買ってきた。
「ロボットなんて、お喋りするだけしか能が無いのに」
家事はできないし、子守はできない。動力はオイルだからお金もかかる。全く。男ってヤツはどうしても誰も彼もロボットがお好きなのかしら。
ロボットの名前はレイルという名前になった。理由は分からないが、夫の強い要望でそうなった。確か昔有名だったロボットアニメの主人公ロボットの名前、だった気がする。
◆
「次は、どうするのですか?」
レイルがボウルとホイッパーを持って、楽しそうに尋ねてくる。
一体どうしたことなのだろうか。ロボットは料理なんてしない筈なのに、実際問題、私の横に立ってお菓子作りの手伝いをしている。
レイルは好奇心がやたらと旺盛だった。家族がすることや言うことを何でも真似たがり、スラングを言えば「それはどういう意味なのですか?」と尋ねてきて、彼が知らない言葉が出ればそれもまた追求してくるし、誰かが団欒から外れようとすると必ず後ろから着いて行って「何処へ行くのですか?」と尋ねるのだった。そして今も、私の料理作りにレイルが興味を持ち、あまりに鬱陶しいので手伝いをさせているのだった。
型を作ったクッキーを温めたオーブンに入れて、クッキーモードをスタートさせる。彼はその様子までしっかり見ていた。ロボットの癖に楽しそう、というのが私の印象だった。
「で、後はクッキーが焼けるのを待つだけ」
「なるほど。何分程焼くのですか?」
「……さぁ?分からないけど、出来たらオーブンが教えてくれるわ」
「なるほど。どのように教えてくれるのですか」
「えっと、私がオーブンの近くに居たらアラートで。居なければ私の携帯端末に連絡がくるのよ」
「なるほど。……何をしてらっしゃるのですか?」
クッキーが出来上がるまでの間に掃除をしようと、ワイパークリーナを出していると、目を輝かせながら(目なんて無いけど)彼が尋ねてきた。
「掃除をするの。ほら、これで、こんな風に」
「おお」目が(無いけど)一層輝いた気がした。
「もう一本あるから、やってみる?」
ガションガション、と強く頷いて、私と同じようにワイパークリーナを取り出す。そしてさっき見せたように床を拭いて見せて、こちらの様子を伺ってくる。
「よろしい。それじゃ、この部屋の床を綺麗にします。レイルくんは向こう側からしてくれる?」
「合点承知之助」
「……それ、パパから聞いたの?……死語だから、それ」
「死語、とは?」ウィン、と音を立てながら首を傾げる。
「あーもう、皆使わない言葉だから貴方も使わないほうがいいって話よ。ほら、掃除をクッキーができあがるまでに終わらせるんだから、ちゃっちゃと働く!」
そう怒鳴ると慌てて部屋の向こう側へと移動する。私も部屋に入って、掃除を始める。彼も向こう側からチラチラとこちらの様子を見ながら、見よう見真似でワイパークリーナを動かしていく。何となく息子が幼い頃に何でも真似したがっていたのを思い出した。あの所為で息子はすっかり私の下品な所作が感染してしまった。彼もそうならないように、気をつけないといけないのだろうか。
◆
『クッキーが、焼けました』
ポーン、というアラート音の後にオーブンがお知らせをする。ソファから腰を浮かせて、読んでいた本をテーブルに置く。彼も私の真似をして読んでいたかも怪しいファッション誌を置いた。「はいはい」と、彼のように反応する訳でも無い相手に向かって返事をしながらキッチンに向かう。もちろん彼も後ろからイソイソと着いて来る。
「さぁて、美味しくできたかなー?」
「さぁて、美味しくできたかなー?」
私の後に彼が復唱する。ミトンを装着して、オーブンからクッキーを取り出す。狐色に焼けたクッキーと茶色に焼けたクッキーが鉄板の上にチェス板の様に並んでいる。真似したくて仕方が無い様子の彼にミトンを渡して(彼の場合ミトンを使わなくてもいいが)、もう一枚取り出すように指示する。少し不安な手付きで同じように取り出して、前の物と並べて置いた。
「うーん、いい臭いね」
「市販の物と臭いが違いますね」
「そうね、少し違うかも」
そう言って、私はクッキーをお菓子用のバスケットに移していく。彼もその真似をした。私はその様子を見て「馬鹿もハサミも使いよう」なんて考えていた。
「さて、早速お茶にしましょうか」
「ティータイムですか」
「ティータイムです」
私がティーポットを取り出すと、彼は同じようにその横にあったオイルポットを取り出した。私がティーバッグを出すと、彼はオイル缶を出した。私がティーバッグをティーポットにセットしてお湯を淹れると、彼はオイル缶を開け、オイルポットへ内容物を移し始めた。物が違う分、少し差があるけれど、私の一挙一動を一生懸命真似していた。本当にちょっと前の息子を見ているみたい。
バスケットと2つのポットとカップをテーブルに置いて、午後のゆったりとした一時を始める。色々と面倒なことも多いけど、やっぱり彼がいると暇にはならなくていいかもしれない。奇しくも、家事もしてくれるし。
彼に直接聞いてみると、やっぱりロボットの中でも彼は変わり者の部類に入るらしい。ロボット講習館(そんな施設があるのか)でも、教官からも同僚からも不思議な目やアイセンサーで見られたとか、何とか。
「へぇ、ロボットにも個人差なんてものがあるのね」
「はい。人間の友人となるべく生まれた種族ですから」
ふーん、と気の無い返事をしながら、口にクッキーを放り込んで、紅茶で流し込んだ。
と、ふと彼を見ると先ほどまでは私が紅茶を飲む度に、タイミングを見計らって自分もオイルを飲んでいたというのに何やら切なそうな感じでこちらを見つめていた(?)。
「ん、あれ?どうしたのレイルくん」
「……」
そういえば彼の腕の角度がおかしい。それに何やら肩から腕にかけてが震えている。
あぁ、もしかして。
「……」
「……?」
「……できません……」
どうやら彼は、肘関節の稼動許容範囲から察するに、肘立て乃至は、ほおづえがつけないご様子だった。
「あらあら、それは大変ね」
そう言って、ほおづえをついたままクッキーへ手を伸ばして、口へと運ぶ。手が空いたら次は紅茶の番。彼の関節が軋む音を立てている。
「ママは、意地悪です……」
そういう彼は悲しそうだった。
「いいのよ、ほおづえをつきながら物を食べるなんて行儀が悪いんだから」
「でも、ママはしています」
何となく、頬が緩んだ。これ見よがしにもう一個クッキーを口へ放り込む。
うん、美味しい。
「……ママは、意地悪です」
意地悪してごめんね。
今度良いオイル買って上げるから、そんなに拗ねないで。
ようこそ、我が家へ。
レイルがボウルとホイッパーを持って、楽しそうに尋ねてくる。
一体どうしたことなのだろうか。ロボットは料理なんてしない筈なのに、実際問題、私の横に立ってお菓子作りの手伝いをしている。
レイルは好奇心がやたらと旺盛だった。家族がすることや言うことを何でも真似たがり、スラングを言えば「それはどういう意味なのですか?」と尋ねてきて、彼が知らない言葉が出ればそれもまた追求してくるし、誰かが団欒から外れようとすると必ず後ろから着いて行って「何処へ行くのですか?」と尋ねるのだった。そして今も、私の料理作りにレイルが興味を持ち、あまりに鬱陶しいので手伝いをさせているのだった。
型を作ったクッキーを温めたオーブンに入れて、クッキーモードをスタートさせる。彼はその様子までしっかり見ていた。ロボットの癖に楽しそう、というのが私の印象だった。
「で、後はクッキーが焼けるのを待つだけ」
「なるほど。何分程焼くのですか?」
「……さぁ?分からないけど、出来たらオーブンが教えてくれるわ」
「なるほど。どのように教えてくれるのですか」
「えっと、私がオーブンの近くに居たらアラートで。居なければ私の携帯端末に連絡がくるのよ」
「なるほど。……何をしてらっしゃるのですか?」
クッキーが出来上がるまでの間に掃除をしようと、ワイパークリーナを出していると、目を輝かせながら(目なんて無いけど)彼が尋ねてきた。
「掃除をするの。ほら、これで、こんな風に」
「おお」目が(無いけど)一層輝いた気がした。
「もう一本あるから、やってみる?」
ガションガション、と強く頷いて、私と同じようにワイパークリーナを取り出す。そしてさっき見せたように床を拭いて見せて、こちらの様子を伺ってくる。
「よろしい。それじゃ、この部屋の床を綺麗にします。レイルくんは向こう側からしてくれる?」
「合点承知之助」
「……それ、パパから聞いたの?……死語だから、それ」
「死語、とは?」ウィン、と音を立てながら首を傾げる。
「あーもう、皆使わない言葉だから貴方も使わないほうがいいって話よ。ほら、掃除をクッキーができあがるまでに終わらせるんだから、ちゃっちゃと働く!」
そう怒鳴ると慌てて部屋の向こう側へと移動する。私も部屋に入って、掃除を始める。彼も向こう側からチラチラとこちらの様子を見ながら、見よう見真似でワイパークリーナを動かしていく。何となく息子が幼い頃に何でも真似したがっていたのを思い出した。あの所為で息子はすっかり私の下品な所作が感染してしまった。彼もそうならないように、気をつけないといけないのだろうか。
◆
『クッキーが、焼けました』
ポーン、というアラート音の後にオーブンがお知らせをする。ソファから腰を浮かせて、読んでいた本をテーブルに置く。彼も私の真似をして読んでいたかも怪しいファッション誌を置いた。「はいはい」と、彼のように反応する訳でも無い相手に向かって返事をしながらキッチンに向かう。もちろん彼も後ろからイソイソと着いて来る。
「さぁて、美味しくできたかなー?」
「さぁて、美味しくできたかなー?」
私の後に彼が復唱する。ミトンを装着して、オーブンからクッキーを取り出す。狐色に焼けたクッキーと茶色に焼けたクッキーが鉄板の上にチェス板の様に並んでいる。真似したくて仕方が無い様子の彼にミトンを渡して(彼の場合ミトンを使わなくてもいいが)、もう一枚取り出すように指示する。少し不安な手付きで同じように取り出して、前の物と並べて置いた。
「うーん、いい臭いね」
「市販の物と臭いが違いますね」
「そうね、少し違うかも」
そう言って、私はクッキーをお菓子用のバスケットに移していく。彼もその真似をした。私はその様子を見て「馬鹿もハサミも使いよう」なんて考えていた。
「さて、早速お茶にしましょうか」
「ティータイムですか」
「ティータイムです」
私がティーポットを取り出すと、彼は同じようにその横にあったオイルポットを取り出した。私がティーバッグを出すと、彼はオイル缶を出した。私がティーバッグをティーポットにセットしてお湯を淹れると、彼はオイル缶を開け、オイルポットへ内容物を移し始めた。物が違う分、少し差があるけれど、私の一挙一動を一生懸命真似していた。本当にちょっと前の息子を見ているみたい。
バスケットと2つのポットとカップをテーブルに置いて、午後のゆったりとした一時を始める。色々と面倒なことも多いけど、やっぱり彼がいると暇にはならなくていいかもしれない。奇しくも、家事もしてくれるし。
彼に直接聞いてみると、やっぱりロボットの中でも彼は変わり者の部類に入るらしい。ロボット講習館(そんな施設があるのか)でも、教官からも同僚からも不思議な目やアイセンサーで見られたとか、何とか。
「へぇ、ロボットにも個人差なんてものがあるのね」
「はい。人間の友人となるべく生まれた種族ですから」
ふーん、と気の無い返事をしながら、口にクッキーを放り込んで、紅茶で流し込んだ。
と、ふと彼を見ると先ほどまでは私が紅茶を飲む度に、タイミングを見計らって自分もオイルを飲んでいたというのに何やら切なそうな感じでこちらを見つめていた(?)。
「ん、あれ?どうしたのレイルくん」
「……」
そういえば彼の腕の角度がおかしい。それに何やら肩から腕にかけてが震えている。
あぁ、もしかして。
「……」
「……?」
「……できません……」
どうやら彼は、肘関節の稼動許容範囲から察するに、肘立て乃至は、ほおづえがつけないご様子だった。
「あらあら、それは大変ね」
そう言って、ほおづえをついたままクッキーへ手を伸ばして、口へと運ぶ。手が空いたら次は紅茶の番。彼の関節が軋む音を立てている。
「ママは、意地悪です……」
そういう彼は悲しそうだった。
「いいのよ、ほおづえをつきながら物を食べるなんて行儀が悪いんだから」
「でも、ママはしています」
何となく、頬が緩んだ。これ見よがしにもう一個クッキーを口へ放り込む。
うん、美味しい。
「……ママは、意地悪です」
意地悪してごめんね。
今度良いオイル買って上げるから、そんなに拗ねないで。
ようこそ、我が家へ。
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